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動物愛護団体に警戒区域立ち入り許可へ 犬猫1千頭まだ区域内に? MSN産経ニュース

東京電力福島第1原発から半径20キロ圏内で立ち入りが禁止された「警戒区域」に取り残されている犬や猫などのペットの保護について、国と福島県が民間の動物愛護団体に対し、同区域内への立ち入りを認める方針を固めたことが28日、関係者への取材で分かった。行政側はこれまで愛護団体の立ち入りを認めておらず、無断で立ち入った愛護団体と行政側の間でトラブルも起きていた。一定の基準を満たした愛護団体に立ち入りを認めることで、トラブルの回避や保護の効率化を目指す。

 環境省によると、震災前に区域内で登録されていた犬は約5800匹(登録制度のない猫は不明)に上る。警戒区域内のペット保護はこれまで、国や県など行政側が行ってきたが、現在までに行政側が保護した犬は356匹、猫は220匹にとどまっている。飼い主が連れ出したり、4月22日の同区域の設定に先立って愛護団体が保護したりしたペットも相当数に上るとみられるが、ある動物愛護団体は「まだ1千頭程度が区域内にいる」とみる。

 福島県の担当者も「ペットが家の中に隠れている場合などは、どこまで行政が立ち入っていいのか判断が難しい」と明かす。また、一部の愛護団体が無断で警戒区域に立ち入って警察とトラブルになったり、行政側が仕掛けた捕獲用のわなに入ったペットを連れ去ったりするなど、行政側の保護活動を妨害するような例もあったという。

ただ、保護した動物を一時的にあずかる福島県のシェルター(保護施設)も満杯に近い上、本格的な冬の到来で餌が減って餓死したり、凍死したりするペットの増加も懸念されている。このため国と県は、飼い主からの保護依頼がある▽自前のシェルターを持っている▽行政側の保護活動を妨害しない▽立ち入り計画書を提出する-などを条件に、愛護団体にも同区域に立ち入ることを許可する。

 ある動物愛護団体関係者は「命からがら生き延びているペットたちにとっても、再会を待ちわびる飼い主にも画期的な判断だ」と評価した。
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2011.11.29 / Top↑
どうか想像してください
物資を受け取るために、どれだけの場所が必要か。
物資を仕分けるのに、どれだけの人手が必要か。
物資を積み込むのに、どれだけの車両が必要か。
フードを配るために、どれだけ被爆するのか。
ハウスを設置するために、どれだけ警察に怯えるか。

すべてのボランティア活動は、イメージではなく現実の行動です。
どうか思い出してしてください。
それを圏内に届けることが、届ける人たちにとって、どれほどのことか。

あらゆる行動は、求められて初めて「支援」です。
必要なときに、必要なものを、必要な分だけ。
いつ、何が、どれだけ、必要か。
いつ、何を、どれだけなら、使えるか。
知っているのは他でもない、届ける人自身です。

どうか耳を傾けてください。
その人が何を欲しているか。
あるいは、何を欲していないかを。
2011.11.29 / Top↑
我が家のオテンバ娘、スズ。
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野良お母さんから生まれ、兄弟猫と一緒にお外で生活していました。
ところがある日、食事をくれていたファミリーレストランが閉店。
これはヤバイ!と個人ボランティアさんが保護し、なんだかんだで数年前にうちの子になりました。

震災から8ヶ月。
スズちゃんの保護主さんから連絡がありました。
「うちのお預かり猫が1匹飼い主さんの元へ帰るから、個人シェルターでよければ福島猫を預かりたい」
震災以降、ずっと被災猫に心を寄せてくださっていた保護主さん。福島猫を預かるタイミングを待っておられたのだと思いました。
世間では既に忘れ去られようとしている子たちを気にかけてくれる人がいる。力になりたいと待ち構えている人がいる。そう思うと、胸に込み上げてくるものがありました。

動物を"飼う"ことは生活だから、「かわいい」「楽しい」ばかりじゃない。
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こんなにかわいい我が長女でも、深夜2時に運動会を始めたり、早朝4時に「ご飯!」とわめいたり、トイレじゃないところで用を足したり、八つ裂きにしたゴ○ブリをそっと枕元に置いたり、します。
そういう生き物を、たくさんたくさん抱えているシェルター。まして、保護されてくる子達は健康状態も様々です。もう長い間、とても大きな負担が数少ない場所にかかり続けている。

警戒区域内はあまりに広大で、残されている頭数も把握できないほど多いから、保護先が不足しているために捕獲できない状況が始まって久しい。里親さんが決まっても決まっても、すぐに、新しい保護動物でいっぱいになってしまいます。
といって、預かるのも里親になるのも、決して簡単なことではない。
動物を大切に思う人ほど、そのことを実感していると思います。

できることなら。
動物との暮らしをペットショップで始めようとしている人々にこそ、知ってほしい。違う選択肢があること。そして一歩を踏み出して欲しい。

やっぱり、なんだかんだ言って。

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それは幸せのスタートだから。
2011.11.27 / Top↑
携帯のデータを整理しながら、あの日のことをチラホラ思い出す。
あの日あの時間、いつも通り私は高層ビルの36Fで働いていた。
年度末に向けて忙しくなってきたな…と思いながら対応を終えた直後。
「お? 地震だ、地震」
誰かが呑気な一声を言い終えるかどうかの内に、激しい揺れ、停電。
サービス業のサガで、何があっても平静を装ってお客様への対応を続けていた職員も、そんな場合じゃない!と気づくまでに、やはり数秒はかかったと思う。
「みなさん机の下に隠れてください!」
上司がフロア全体に呼びかける。
学校の避難訓練でやった練習を、本当に実行する日が来るなんて。と考える余裕はすぐに失せた。キャスター付きの椅子が、襲い掛かるようにフロアを動き回る。今にも倒れそうな換気用の扇風機を上司があわてて床に下ろす。向かい高層ビルが笑っちゃうほど大きくたわみながら揺れている。
免震設計のビル上階で、幅の広いゆっくりとした揺れはいつまでもいつまでも続いた。吐き気を催して何人も倒れた。

1時間ほど混乱状態が続いただろうか。エレベーターの停止で逃げ出すこともできないまま、少し平静を取り戻して休憩室のテレビをつける頃には、すさまじい光景ばかり画面に流れていた。
そして会社の窓からは、おそらく何キロも何十キロも先の場所に、大きな火の手が上がっているのが見えた。
「これは何?どこで?なにが?一体、どうなったの?」

思えばあの日、原発のことなんて話した記憶もない。
私はただ、家に残してきた猫たちが心配で、帰って風呂に入りたいともゆっくり寝たいとも思わなかったけど、とにかく猫たちが心配で心配で、ただそれだけだった。
社内にも街にも帰宅困難者が続出する中、メールや電話で安否を確認するわけにもいかない種の違う家族を思った。
「下敷きになるような家具はないはず…でも冷蔵庫が倒れていたら?
 何かの拍子でガラスが割れて、猫が家から出てしまっていたら?」
そんなことばかり、ずっとずっと、考えていた。

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ようやく帰宅したのは日付も変わる頃。
猫は怪我もなく、いつもの場所で、けれど、ひどく怯えた様子で待っていた。地震から10時間近く経っていたのに。
あの日どれだけの子たちが、怯えながらヒトの帰りを待っていたのだろうか。そして、今も。
2011.11.24 / Top↑
写真展「のこされた動物たち」@新宿の募金箱に集まった、100万円を超える寄付。
様々な方の手によって、着実に20km圏内へ給仕されています。

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今もまだ
民家裏の林に、犬が何頭も群れて鳴いていた。
住宅街のコンビニに、10匹近い猫が住んでいた。
だれかがバス停に置いてくれたフードを三毛猫が食べ
そのすぐ先に、グレー白の猫一家が仲良く佇んでいた。

「今も警戒区域には多くの動物たちが残されている」
決して嘘や誇張ではなく、端的な事実として、そう感じる。
長い飢えと冬の寒さに晒され、救出することも叶わない、いのち。

慢性的なシェルター不足が続く中、ほとんどの子は保護できない。
いつまで入れるか分からない場所に、ただ給仕だけして帰る。
救命ではなく、延命に過ぎない行為。
「こんなことしたって、意味ないですよね」
熱心に給仕を続けている人が言う。
片道何時間もかけて福島へ行き、警察の目をかいくぐりながら、気力と体力を振り絞って朝から夕方まで続く給仕活動。けれど、そのことで助けられる保証はない。

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それでも
「今も警戒区域には多くの動物たちが残されている」
それは、保護が進んでいないことを示す現実。
それは、いのちが繋がれ続けていることを示す現実。

あの場所で今も尚、
遺体ではなく生きている子たちを、あんなにも目にすることが出来る。
支援する人がいるから、届けに行く人がいるから、生きているよ。

ありがとう、ありがとう。

2011.11.20 / Top↑