もうなんのブログだかわからない

原発20km圏内である、福島県浪江町で保護された「オレ」くん。

2012年6月17日 20時30分頃
闘病中の病院にて永眠しました。

オレくんを保護した大網さん。
福島から戻ったばかりで高熱を出し、寝ていなくちゃいけないのに
シェルターまで来て、きれいなお花で飾ってくれたよ。

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最後までシャーシャー猫だったオレくん。
保護されて、少しは幸せな時間があったかな。

顔をしっかり見るのも、しっかり撫でてあげるのも、この日が最初で最後になってしまった。
体は極限まで痩せて骨ばっていて、そのくせ、お腹は腹水でたぷたぷ。
そして怪我なのか先天的なものなのか、あらぬ方向を向いた右腕。

今までよく生きてくれたなぁ・・・・と思った。

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オレくん。
死ぬまで生きたね。

曲がった足でも、きっと虹の橋は上手に渡れるよ。
一足先に行ってらっしゃい。
 
2012.06.18 / Top↑
ときどきお手伝いしている被災猫シェルター「おーあみ避難所」の猫が、ここ数日、予断を許さない状態です。
シェルターの中でもかなりの古参猫に入る、茶トラの「オレ」くん。
数ヶ月前にも、急激な食欲低下と体重減で入院。しかし治療の甲斐あって、しばらくはとても元気でした。今までにないくらい食欲旺盛な姿を見せてくれ、本当に嬉しく、安心していたのです。

ところが。
1週間ほど前から、またしても食欲低下と体重減による入院。そして数日前には、入院先の病院から急変の連絡。なんとか持ち直したものの、今日また深刻な状態であると連絡が入りました。

オレくんは保護された当時、怪我と病気の両方を負っていました。
警戒区域で保護される子たちの中では、こうしたケースが珍しくありません。保護された子たちの健康状態は、彼らの生きる環境がどれだけ苛酷なものであるかを如実に表しています。
幸いにして「おおあみ避難所」では保護後に逝ってしまった動物はいないけれど、これはむしろ稀かも知れません。団体であれ個人であれ、保護活動をしているボランティアさんの多くは、助けるために保護した子が保護後に命を落とす、という経験をしてきています。

せめて最後を安らかに迎えられたのだから・・・・。
と思うしかないのだけれど、本当はやっぱり、亡くなった子たちも生きて欲しかった。
だって生きるために助けたんだから。生かすために活動しているんだから。

シェルターへ行くと、作業の合間に写真をバシャバシャ撮りまくる私。
けれど、この子の写真は、私の携帯に1枚も入っていません。新入りが次々と心を開いていく中、オレ君はずっとずっと、警戒心の塊のまま。それはもしかすると、体調が悪いことも影響しているのかも知れません。

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お見舞いに行ったボランティアさんの撮ってくれたもの。
「点滴なんかしやがって」という顔ですね。
もっとも、今は点滴を止めれば即座にいのちが危うい状態です。

いつもいつも、人に脅えて、嫌って、警戒してばかりの、オレ君。
ごはんも食べたり食べなかったりの、オレ君。

君は知っているかな?
「生きる」って、楽しくて、嬉しくて、おいしくて、あたたかいよ。
シェルターのみんなは、君にそんな瞬間をたくさんたくさんプレゼントしたいと思っているよ。

だから、きっと戻っておいで。
待ってるからね。
 
2012.06.17 / Top↑
猫は夜行性。
とはいえ、人間と共に暮らしていると、そうでもなくなってきます。

カイヌシが寝ている夜中、猫もそれぞれお気に入りの場所で寝ている我が家。
りん様お気に入りの場所はわりと「カイヌシの傍」です。

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冬場は布団にもぐって腕枕で寝ることも多いですが
今は暖かいので、せいぜい「手枕」ですね。

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あとは、一般的な
「枕にオケツ向け」スタイルですとか

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ときどき「顔枕」もあります。

これはね、重い。とっても重いですよ。
 
2012.06.13 / Top↑
スズちゃんは3歳ちょっと。
猫としては立派な「オトナの女」といって良い年齢です。

しかしまぁ、とにかく、子猫っぽい。
幼いというよりヤンチャ。とにかくヤンチャン。
人見知りではありますが、ちょいとオモチャを振りかざせば寄ってきます。

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「うりゃうりゃりゃー!」

この写真も留守の間にお世話をお願いしていた友人が撮ったもの。

多少遊んでやったくらいでは疲れない。
遊び心(?)に火をつけて盛り上げるばかりです。

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もちろん遊ぶ姿はかわいいし、こちらも楽しいですけど
それが30分とか、1時間たっても飽き足りない感じになってくると
いい加減にしろボケ少し落ち着いてほしいなーと思います。

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ようやく電池切れ。

この手は夢の中でも遊んでいそうですね。
 
2012.06.11 / Top↑
また週末が来て、残り少なくなった人々が20km圏内へと向かう。

頭痛、腹痛、食欲不振、倦怠感、脱毛。
毎日のように続く睡眠不足と不眠。
すべて、圏内で活動しているボランティアさんたちから聞いた「症状」だ。

居ても立ってもいられなくて現地に向かった人々。
「始めよう」と決意する間もなく、ただ体が動いたから、それは始まった。
そして1年以上が経った今も、収束の糸口すら見えないでいる。

皆、会えば仲良くにこやかに話す。それは別に嘘ではない。
けれどやはり、癒し得ない傷と、共有し得ない苦しみを抱えている。
注目を浴び、支援者や仲間のいる人ですら
そこにあるのは、圧倒的な孤独であったりする。

とうに限界を超えた気力、体力、財力。
忙殺の中で、それらをギリギリと搾り出すように注ぎ込む。
世間の関心は薄れ、一方でいまだ現実を知らない人さえいて
無力感と、苛立ちと、不安と、疲労とに翻弄される。

救出の「入り口」である保護活動すら、ゴールは見えないでいる。
この、身を削り、人生をなげうつ活動は
いったい何をもって終わりを向かえられるのだろう。
こんな生活をいつまで続けなくてはいけないのだろうか。
あの人も、あの人も、あの人だって。

たとえば明日
彼女・彼たちが「もう行かない」と言っても、私はまったく責める気持ちにならない。
「今まで本当にありがとう。頑張ってくれてありがとう。お疲れ様」それ以外に言葉などない。
がんばってください、なんて言いたくない。
背中を押すことなんてしたくない。
応援するといいながら、もうやめて欲しいと願う自分がどこかにいる。
もう、それ以上、あなたこそ捨てられた猫みたいに、磨り減っていくのはやめて欲しい。

けれど、まだ諦めないと言うのなら。
「助けたい」と、どうしてもそこへ行くのなら
私もその重荷を少しだけ背負うよ。
 
2012.06.08 / Top↑