もうなんのブログだかわからない

「どうせ殺すつもりだったくせに」と、彼女は言った。
自信のある口ぶりだった。とても正しいことだというふうに。

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たくさんの牛が死んだ。
飢えと渇きの中、とても長い間、もがき苦しんで、死んだ。

産業動物、経済動物、家畜。それが牛。
産ませて、育てて、食べる。それが牛。
乳牛でさえも、寿命まで生き延びることは奇跡だ。

あの畜舎の前に一時帰宅のマイカーが停まっていた。
産ませ、育て、出荷し、食べていた人が、その場所にどんな気持ちで「ただいま」を言ったのか。私にわかるはずもないけれど。
「まぁ、どうせ殺すつもりだったし」
などと決して思わなかったことだけは、わかる。
「カネにならなくて困るな」
とだけ思った訳はないことも、わかる。

飢え死にした牛たちの姿に、涙する畜主の映像。
「今まで散々殺したくせに」と、彼女は言った。
スタジオで目を潤ませるコメンテーター。
「どうせ肉は食べるくせに」と、彼女は言った。
それはまったく、筋の通った正論だ。

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牛を生かそうとする牛飼い。
それはとても矛盾したことだから
その人はきっと、とても孤独な戦いをしている。

猫を保護するために
「○○の缶詰が良いよ」とか「からあげが最強だ」とか言いながら
いのちを守るとか言いながら、鶏もかわいそうだとか言いながら、
私もまた、とても矛盾したことをやっている。

殺すべきだと言われている牛たちのために
水を引き、食事を与え、群れた牛に囲まれる牛飼いを見て
牛を触ったことも、猫を保護したこともない彼女は言った。
「殺すつもりだったくせに」
とても正しいことだというふうに。

矛盾によって生かされる命があるならば
正論によって放置される命があるならば
私はありったけの矛盾をつかみ取りたい。

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2011.12.01 / Top↑
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