もうなんのブログだかわからない

警戒区域に生きる動物たちは被曝している。
だから、彼らを圏外へと連れ出す行為を「汚染の拡散に繋がる」と非難する人がいる。
いくら除染しても、長く内部被曝した動物の排泄物はただのオシッコやウンチではなく、汚染を拡散させる放射性物質だ。動物救出は汚染を広げるだけの「愛誤」だと、その人は言う。

わたしは産まれたとき、心臓に穴が開いていた。
『極型ファロー四徴症』それが私の病名。
6歳のとき、人工血管を入れた。人生3度目の手術だった。
術後すぐ、肝障害に襲われた。予期せぬ感染症で入院は長引いた。
20年以上が経ち、もはや完治した肝障害のことなど忘れた頃に、実はそれが薬害による感染だと判明した。

私の体を汚染した国と製薬会社は、謝るよりも、救うよりも、
ただ患者たちが黙って死んでゆくことを望んだ。
とても長い間、それは無視され、隠されてきた。
抗議すれば、カネが欲しいのかと多くの「市民」が侮蔑した。
今、動物たちを汚染した国と電力会社は、謝るよりも、救うよりも、
ただ彼らが黙って死んでゆくことを望んでいる。
無視し、隠し、彼らを排除することで「除染」を試みようとしている。
抗議すれば、感情的なお涙頂戴だと多くの「市民」が嘲笑する。

みえない、におわない、わかりにくいものは、とても危険で恐ろしい。
私たちは不安になって、ただ必死に遠ざけようとする。
モノであれ、食品であれ、いのちであってすら。
それはとても当たり前のことだ。

けれど一方で、たとえば原発で被曝労働に従事した人を
「あなたは被曝しているから、原発から出ずに飢え死にしてください。
 かわいそうなのは分かりますが、それは感情論です。
 汚染を拡大しないためには仕方ないのです」
という言葉には誰も納得しないだろう。

誰にも、汚染を拡大させる権利はない。
誰にも、汚染されない権利がある。
誰もが、汚染から逃れる権利がある。

けれど誰も、汚染によって見殺しにされてはならない。
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2011.12.16 / Top↑
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