もうなんのブログだかわからない

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どんな高級干し柿より濃厚な、赤みがかったオレンジ色。
冬が来て年を越したのに、柿の実はまだ落ちることなく
これ以上ないほど熟れて枝に生っている。

初めてここを通りかかったのは初夏。
珍しく、囲いの中に牛がいるので驚いたをよく覚えている。
既に3.11から4ヵ月。警戒区域が指定されて2ヵ月半は経っていた。
囲いの中で未だに牛たちが生きているのは、きちんと世話をする人がいるからだ。
頭ではわかっていても、逃げ場もなく餓死した牛たちのあまりの多さと悲惨さを少しでも知っていたら、ドキリとする光景だった。

牛小屋の入り口に
「定期的にエサをやっています。柵を開けないでください」
と張り紙があった。畜主さんは長い戦いを始めていた。

盛夏になっても、牛たちは生きていた。
ある日、それまで見なかった子牛が柿の下にいた。
母牛に寄り添って草を食み、水を飲む。新しいいのちが始まっていた。

秋が来て、この木は柿の木なのだと初めて知った。
果樹の生る周囲で、親子牛は変わらず暮らしていた。
いったい、ここの畜主さんはどうやって、エサを運び水を汲んでいるのだろうか。
だれか支えてくれる人はいるのだろうか。
資金は、立入り許可は、どうしているんだろうか。

冬の始まろうとする頃。
柿の木の下から、牛がいなくなっていた。
あわてて牛小屋をのぞくと、
寒かったのだろう。みな小屋の中に移動しているだけだった。

それから2ヶ月ぶりに、圏内へ立ち入るチャンスがあった。
300kgの犬猫フードを撒き終わり、帰る道すがらに柿の木を通った。
なぜかはわからないのだけど。
ここが変わってしまったことを一瞬で確信した。

そうだ。今こうして冷静に思い返すと、柿の木の周りにあったエサも水汲み場もなくなっていた。
けれど、そういう状況が情報として頭に入ってくるよりも前に、ほとんど脊髄反射的に、ここが変わったことを確信した。

入り口には変わらない張り紙。
「定期的にエサをやっています。柵を開けないでください」

けれど、柿の木の下にも、牛小屋にも、もう一頭の牛も、いなかった。
覗き込んだ牛小屋は、がらんと、ただひたすら、がらんと、していた。

ちょうど圏内へ入る前日。
家畜の殺処分について、進行状況を農水省に問い合わせた。
「現在、対象農家のうち半数以上は安楽死に同意されています」
半数以上?
8割じゃなく、9割じゃなく、ほとんどじゃなく、半数以上?

とても少ない数だと思った。
もちろん同意が進んで欲しい訳ではないけれど。
もう8ヶ月、国と行政は「殺すしかないんですよ」と言い続けている。
それなのに同意しているのが、8割じゃなく、9割じゃなく、ほとんどじゃなく、半数以上。

どれほど理不尽で合意しがたい決定なのかを、よく表している数字だと思った。

囲ってある家畜を警戒区域内で管理するのは、想像を絶する困難だ。
一銭にもならない牛のために、どれ程の資金を、生活を、費やさなくてはいけないか。

緑の深い夏。
子牛は母牛に寄り添っていた。

生きたかった。
生かしたかった。

でも、あそこにはもう、牛はいない。
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2012.01.14 / Top↑
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