もうなんのブログだかわからない

南相馬市「岩屋寺」で慰霊祭を終えた後。
ご住職が4月16日から入れるようになった地域を案内しますよと言ってくださり、慰霊祭スタッフと、取材に来てくれた太田さんと一緒に、立ち入り制限が解除されたばかりの小高区を少しだけ見て回りました。

初めて20km圏内に入ったスタッフは言葉を失っていました。
ご住職は、1年たってようやくゼロから復興を始めなければならない町を前に、呆然とされているように見えました。
倒壊した自宅を前に、同じく呆然とした様子の住民の方も見受けられました。

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これが「普通のリアクション」なんですよね。
正直、私や太田さんは何度も給餌や保護のために入っている場所で、倒壊したままの家々も、津波で土台ごと流された一体も、いつもの光景。すっかり感覚が狂っているのだと気づかされました。

むしろ衝撃だったのは、本当に何の規制もなく、入れること。
私は小高を回る車中でずっと「入れるんだなぁ・・・」と、無意識のうちに声にしていました。

市街は空き巣被害の恐れが高いためか、いつも厳しい警備が敷かれていました。
やってくる車がないか耳をそばだてながら、秒を争って給餌した場所。保護しても保護しても現れる犬猫に愕然としながら、朝靄の中で捕獲機を仕掛けた場所。
確かに家は倒壊したままだけれど、信号は通常に機能し、検問も許可証も必要なく車が行き交い、美しい桜が咲いていました。

危険だから命を見捨てざるを得ないのだ、と言われたあの日と、立ち入り制限の解かれた日とで、いったいどれだけ大きな変化があったのでしょうか。
原発事故はいまだ収束を見せず、汚染は終わっていない。
それでも、この1年、危険だから入るべきではないとされてきた町は、危険だから命を見捨てろと言われた町は、今や復興を目指す町なのです。

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原発の状態が根本的な改善をしていない中で、立ち入り制限を解除するのが「良いこと」なのか私には分からない。
でも、やっぱり、どんな線引きをするにせよ、その線引きに巻き込んではいけないものは絶対にあるのです。それは命です。

よくわからない「線引き」のために、沢山の沢山の、助けることの出来たはずの命が失われてしまった。
あの子たちはなぜ飢えなくてはいけなかったんだろうか。
なぜ死ななくてはいけなかったんだろうか。
飼い主に会うことも出来ないまま、もがき苦しまなければいけなかったんだろうか。

1年たっても、わたしには分かりません。
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2012.04.23 / Top↑
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